文化の頃(1804~17年)、麻布のある寺で、幽霊が夜な夜な物語りをしている声が聞こえるといい評判になりました。
胆のすわった一人の商人がそれを聞き、月のほの暗い晩に宵の内がら出かけて行って大きな墓所のかげに忍んでいたそうです。
夜もふけて九つ(午前12時頃)を過ぎると、虫の声も大きくなって、月も時々顔を覗かせてはまた雲間に隠れます。
そして、夜風も身にしみてきて、いくらか湿ってきたような気がしました。
すると、芝垣の方から人が立ち上がる気配がすると、
また一人が続いて現れて、大そう睦まじそうに語りあっているのがみえました。
商人が耳をすまして聞くと、どうやらしばらく逢えなかった
のを慰め逢っているように聞こえます。
月が明るくなって来たのを幸いに、商人はのび上がって見ると、一人は24~25歳の痩せた男で、もう一人は60がらみの老女で、歳
の違いから考えると親子でしょうが、話の内容から察するとどうしても夫婦のようにみえました。不思議に思っている内に、風が強くなって
きた為か、二人の姿は消えてしまいました。
あくる日寺へ行き、昨夜の様子を住職に話して昨夜二人がいたあたりに行ってみると、そこには二人の名を記した墓がありました。
住職に尋ねると、墓は無縁になっているようでした。
墓の主は、男が28歳でこの世を去り、女は女房で、こちらは生き延びて2~3年前に60歳で亡くなっていました。不釣合いに感じた歳の差
は、二人が現世にあった最後の歳のためであると判ったそうです。
そして夫婦は無縁では浮かぶことが出来ないので、それを訴えに幽霊となって
出てきたのであろうと、住職が語ったといわれます。