とげ抜き万蔵<金杉>
むかし芝金杉橋のあたりに、漁師で魚屋でもある万蔵という者が住んでいました。そして、この万蔵は不思議な芸を持っていたそうです。それは、大人、子供、男女の区別なく万蔵が、
「よし、よし」
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芝金杉 |
というと、即座に刺さった「とげ」が抜けてしまうというものだそうです。
万に一つの狂いもなく、刺さったとげが抜けてしまうので評判となりました。そして、万蔵が留守の時は、女房が代わって、
「よし、よし」
と唱えると、簡単なものなら抜けるようになったといいます。
ある時は、よそのおかみさんが食後に楊枝をくわえていたところ、何かの拍子に喉に刺さって抜けないばかりか、楊枝の先が喉に食い込んでしまいどうにもならなりません。外科に見せ、鍼医にも匙を投げられて、万蔵のところに竹輿で運ばれてきました。今までのいきさつを話し、竹輿から下ろそうとしたところに万蔵が出てきて、「よし、よし」と言うとそのおかみさんは、くしゃみと共に楊枝を吐き出してしまったそうです。
またある時は、大工の倅の14、5才の少年が錐(きり)をけった拍子に、先が折れて足の親指の爪先に深く入り込んでしまったそうです。戸板で万蔵のところまで担ぎ込まれて来ると、例のごとく「よし、よし」と言うと錐は自然と抜け出し、痛みも去ったといいます。しかしこの技も万蔵一代限りで終わってしまったといわれています。