屋敷の主人は大番に勤める武士で二百俵であり、文武両道に優れ胆力の据わった人物だったそうです。
その屋敷では、静かな夜更けなどに天井でさらさらと小豆を撒くような音がして、それから色々と不思議な事があるので、何時とは無しに巷で評判になったといいます。
この評判を聞きつけた友人が主人に事実をただすと、
物音一つしないような静かな晩には、異変が起こるので一度試しに来ては?
というので、好奇心の旺盛な友人は、早速麻布の屋敷にきて化け物の出る部屋に主人と枕を並べて寝たそうです。
夏の事で、蚊帳を釣り縁側の雨戸も開け放ち、布団の中で息を殺していると真夜中を過ぎた頃天井がみしりみしりと鳴り出しました。友人はこの事かと起きあがろうとしたが、音がすると止めてしまうから布団に入っていろと主人に言われ、再び息を殺していました。
すると今度はたくさんの小豆(あずき)をばら撒くような大きな音がして、そのまま、また静寂が戻ったそうです。しばらくすると今度は庭の方からことん、ことんと下駄履きで、飛び石伝いに音が近づいて来ます。やがて、すぐそばまで音が来たが何も見えません。すると今度はジャ-ジャ-と手水鉢を使う音がして、夜目を凝らしてみて見ると誰もいないのに、ひとりでに水がこぼれています。
そしてしばらくすると、それも止んで、またもとの静寂が戻ったそうです。
主人はこれで終わりだといって笑っていましたが、友人はあまりの不思議さに布団の中で身震いが止まらなかったといいます。
この主人は妻を持たず、妾を外に囲って3人の子供があったそうですが、決して屋敷には住ませなかったといいます。また 小豆ばかり屋敷の主人が通り合わせると、麻布界隈の人々は後ろ指を指して、化け物の正体は狐狸の類であるとか、あの家の先祖の亡霊だとか噂をし合ったそうです。
しかし本当の事は、誰にもわからなかったといいます。