2019年4月9日火曜日

⑯西光寺・几号水準点

栄松山西光寺
三光坂下の浄土真宗本願寺派の寺院「栄松山西光寺」には境内左手「南無阿弥陀仏」念仏碑左面下部に「几号水準点」が彫り込まれています。
几号は「キゴウ」と読み、明治初期の内務省が地図つくりを試みていた当時の水準点に相当する標石。
港区内にも多くの几号水準点が設置されましたが、その多くは当時最も頑丈と思われた石鳥居、手水鉢、碑などに彫り込まれました。
しかし、それらの管理者の無知から多くが破却されています。
詳細はこちらからどうぞ。
◎DEEEP AZABU-麻布の几号水準点
 http://deepazabu.net/m1/mukasi/mukasi10.html#156






「南無阿弥陀仏」念仏碑






几号水準点




周辺地図









港区域の几号配置場所





























⑮三光坂

・白金三光町
三光坂上坂標
「三鈷坂」、それ以前は「三葉坂」などと呼ばれていた三光坂が町名の由来とのこと。
1872(明治5)年武家地に白金上三光町・白金下三光町が起立しその後紆余曲折を経て1879(明治12)年、芝区白金上三光町、芝区白金下三光町は芝区白金錦町と荏原郡今里村と合併して東京府東京府荏原郡白金村が起立します。
さらに、1891(明治24)年旧白金上三光町、旧白金下三光町は旧白金錦町、東名光、西名光、松久保、雷神下等を併せて東京府東京市芝区白金三光町が起立します。
・三光坂
聖心女子学院正門前から、西光寺前に向かって降りる坂をいい、明治頃には三鈷坂と称し、更にもとは三葉坂と呼ばれたと伝えられる。
この坂下にある松宮山三葉院専心寺の境内に、むかし、一蔕(へた)に三葉づつ生えている松があって、三葉あるいは三鈷松と呼ばれた。
三鈷松は松の一種で、漢名では三針松又は三鬛(りょう)松と言い、三鈷とは鈷[仏具の一種]の三叉を成したもので、三葉の松が之に似ているので、かくは称したのである。その後、三鈷坂が転訛し、日月星を象徴する三光になったのである。(芝区誌より引用)



三光坂の由来となる松樹があった専心寺







坂標に記された坂名由来





三光坂下坂標
















⑬聖心女子学院正門と伝研・聖心水流暗渠

聖心女子学院正門への通路

(以下聖心女子学院オフィシャルサイトより引用)
1909年完成。ヤン・レツル氏設計。日本に現存するレツル氏の建造物は広島原爆ドームと本校正門の2件のみで、東京都歴史的建造物に指定されています。煉瓦造り(移築後はコンクリート造り)でクラシックな洋風建築ですが、屋根は亀の甲形で、門の両側の門柱にも左右対称に亀が刻まれ、どことなく日本的な雰囲気を漂わせる独特なデザインです。
(引用終わり)
・二つの池とその水流
聖心女子学院正門脇にあった大池と小池。伝研池から流れてきた水流が流れ込み、さらに聖心女子学院正門脇の二つの池から水流をつくって五の橋直下に流れ込んでいたようです。
この池跡から白金の丘学園脇まで三光坂とほぼ平行して北上するは暗渠化されながらも現在もその流路は素敵な路地として保存されています。
この路地を歩くと車の喧噪は届かず、鳥のさえずりのみが聞こえてきます。




右手が大池が会った辺り





純真女子学院正門




暗渠路地へと下る階段




聖心正門方面に昇る階段







暗渠通路最奥部




暗渠通路




池の比較



























⑫八芳園

八芳園池
八芳園池

桑原坂に接する八芳園の敷地は江戸期初期には大久保彦左衛門屋敷、そして末期には薩摩藩(砂土原藩?)島津家抱屋敷、明治には渋沢栄一の従兄渋沢喜作屋敷、そして大正期には久原房之介屋敷となり、1950(昭和25)年長谷敏司により八芳園として開業します。
明治期には江戸期の地図には無かった「渋沢池」が姿を現します。そしてこの渋沢池は喜作が贅にまかせて
造った人工池のようですが、現在の白金小学校のあたりは玉名池・鴨池から続く湿地帯であったことが想像されます。
また、三田用水久留嶋上口分水路が渋沢池に流れ込んでいたと見られ、その余水は藤山雷太邸の池(現シェラトン都ホテル敷地)を満たし、さらに玉名川の水源となっていました。
昨日訪れた際に八芳園のコンセルジュにお話を聞くと、現在池に湧水は確認されておらずポンプ駆動で水を循環させているとのことでした。また頂いたパンフレットにはこの池について、
「その昔、この付近の丘陵地帯に沼があり、そこから流れていた川の筋を池にしたもので~」
と書かれていますが、川の筋とは玉名川に他なりません。
園内案内




敷地変遷






桑原坂








玉名橋付近














玉名池あたり