2012年11月13日火曜日

一夜の宝箱

今回は梅翁随筆という書物からのおはなしです。

江戸寛政の頃、麻布に遠藤内記という神道を修めて腕は確かだがちょっと欲の深い祈祷師がいました。
ある日祈祷を頼まれた内記がその家に行くとたいそう大きなお屋敷であったそうです。
欲の深い内記は家を一目見るとその大きさから、祈祷料もたくさん貰えそうだと胸中ほくそえみました。そして、その家に入ると狂乱した者がおり、その者を祈祷で快癒させる事を家人から命じられました。

早速腕に覚えのある内記が数日間奥の一間に籠って祈祷すると、その狂乱者を正気に戻すことが出来ました。この結果を大変に喜んだ家の主人は内記に、

「これはわずかでございますが」

と一つの箱を差し出しました。そして、

「小さいとはいえ、どうぞ大切にお扱いください。これさえあれば長寿も富貴もお望みしだいです。しかし、どんなことがあっても決して箱の蓋をあけてはいけません。」

といいました。内記は半信半疑ながらその箱を貰いうけて早々に帰宅してみると、大勢の人が寄り集まり、財宝が所せましと積み上げられていたそうです。

「これはいかが致した?」

と問う内記に、妻は、

「思いがけない方たちが謝礼として金銀、巻物などを山のように置いてゆきました。後からまだまだ届くようですが、何か心当たりがおありですか?」

と言い、内記はさては先ほどの箱のご利益と思い、

「これからは毎日がこうなるので、そのつもりで」

とニコニコしながら妻に言いました。その後もひっきりなしに財宝は届けられましたが、日も暮れてきたので、残りはまた明日と財宝を届けに来た使いの者たちを返しました。その夜、もらった宝物の山と同じ部屋で床についた内記は明日からのことを思いながら眠りに落ちました......。

翌日目がさめると、昨日のことを思い出して目の前に積んである財宝を見た内記は、わが目を疑いました。なんと部屋はガラクタの山でいっぱいでした。鉄くず、板切れ、古瓦、あげくに馬糞までうずたかく積み上げられ、夢も欲望も一夜限りとなってしまった内記は、ただ呆然とするだけであったといいます。そしておはなしは、「あの家の主人はいったい何者であったのだろうか、知る由もない。」と結んでいます。